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甘酒

こんにちは。広報チームの岡野です。

皆さま甘酒はお好きですか?

筆者は小さな頃から甘酒が大好きでした。

そんな頃から、既に飲兵衛の片鱗が顔を覗かせつつあったのかと自身で納得はしていますが、その甘酒好きの度合いと言ったら、例えば、まだ幼い筆者を連れた家族旅行などで、両親が酒どころに行ってみようなんてことをした日には、嬉々として酒粕を手に入れたがるといった具合だったんだそうで…。

今振り返って考えてみても、甘酒を含め、食に関わることとなると、素晴らしい行動力を見せる子供だったんだろうな…と思います。

この甘酒ですが、身体を温める目的で初詣などの際に振る舞われることがよくあるため、何だか、寒い季節にホットで飲むのがスタンダードだと思われがちですよね。

少し前まではそのイメージ通り、スーパーなどでも冬をメインに売られていたと記憶しています。

しかし、ここ数年でその状況はガラッと変わったんですね。

冬に売られるようなホットで飲むタイプの濃厚な甘酒ではなく、すっきりとした味わいで暑い夏にも飲みやすい、冷めたい甘酒が急速に定着してきたんです。

筆者としましては、“とうとう、この日が来たか”といった心境でした。

というのも『甘酒』という言葉は、俳句の季語…いわゆる季節を表す言葉になっているんですが、その表す季節というのが“夏”なんですね。

時代によって人々の甘酒に対する認識が、“冬”だったり“夏”だったり、変わってしまうのは、どういうわけなのか…。

ちょっと掘り下げてみようと思います。

まず、その昔甘酒は“醴(こさけ)”という名前だったとされています。

その歴史たるや、とても古く、ルーツとなる飲み物である“天甜酒(あまのたむざけ)”は、日本書紀にも記載があるくらいで、弥生時代~古墳時代の頃には既に神様に捧げる飲み物として確立されているんですね。

そして、その後の時代にもこの風習が残り続け、今も各地で催されている『甘酒祭』に分類される神事に使われたり、参拝客に振る舞われたりしているんです。

初詣のときに神社で振る舞われるというのも頷けますよね。

肝心の甘酒と季節の関係はと言いますと…

初詣など、お祝いの日である“ハレの日”に、甘酒が振る舞われるというのは確かにそうなのですが…甘酒を使った神事である“甘酒祭”は、概ね夏に催されているんですね。

この実態からすると、私達が”りんごあめ”や”わたがし”と言われたときに、何となく夏の露店を連想するのと同じように、もともと甘酒には夏のイメージがあったのではないか…そんな印象が浮かび上がってくるんです。

では、時代をもう少し進めて江戸時代くらいの時期はどうだったのでしょうか。

そもそも飲む点滴と称されるほど、栄養価の高い飲み物である甘酒。

実際、江戸の民にとっても重要な栄養源になっていたんですね。

その点を考慮した江戸幕府は、“誰もが甘酒を飲めるように、最高価格は4文にせよ”と、値段に上限を設けたりもしていたと言いますから、とても庶民的な飲み物であったことは間違いないはずです。

諸説ありますが、感覚で言うと、江戸庶民にとって1杯4文の甘酒というのは、現代の私達が、自動販売機で飲み物を買って飲むくらいの感じになるようです。

(最も、江戸時代に自動販売機はないので甘酒を担いで売りにくる“甘酒売り”から買うのですが…)

更に武士階級では、酒宴の前に悪酔い防止のため、甘酒を飲むのがマナーだったと言われています。

また、内職として甘酒を作る側にまわることもあったんだとか。

さぁ、ここで肝心の江戸時代の甘酒の季節感は?と申しますと…

貴重な栄養源としての側面も合わさったため、江戸ではなんと通年の飲み物になるんですね。季節感というか、立ち位置はまさに栄養ドリンク。

2日酔いに、夏バテに栄養補給にと、大活躍をしていたことになります。

でもこれはあくまで江戸でのこと。

京都や大阪では夏の夜の飲み物として、販売されたと言われているんですね。

これは大阪近隣に、酒どころが多くあったということが関係しているように筆者は思います。(ちなみにですが今、一般に“日本三大酒どころ”と言ったら、“兵庫の灘・京都の伏見・広島の西条”ですが、江戸時代においては大阪の池田も最盛期だったんですよ)

というのも、基本、お酒を造るにあたって酒蔵が忙しくなるのは冬なんですね。

そのため、夏の酒蔵は閑散期といっても言い状態になります。

そこで酒蔵は、夏期の副業として甘酒作りをしていたんですね。

市場に出回る季節を旬とするなら、酒どころ一帯の甘酒の旬は夏になるのではないか…と考えることもできますよね。

しかし、ここで話をややこしくするのは江戸で医者をしていた小川顕道という人が、江戸初期に書いたされるある書物。

そこには、“甘酒は冬のものだと思ってたのに、通年売るようになった”というような内容が書き残されているんです…。

神事においては、甘酒が夏のものとされていたのではないか…というところをスタートとして考えるにしてみても、江戸においてはその後、1度冬の飲み物として認識され、更に通年の飲み物に変化したということになります。

そうは言っても、江戸というところは全国からたくさんの人々が集まる土地でした。

このことから、日本国内でも地域によって甘酒の季節感の認識にズレがあったんじゃないか…とも考えられますね。

でも、私達はつい最近まで割と共通して、甘酒は冬の飲み物だとカテゴライズしていませんでしたか?

どうも、明治維新以降にもうひと変革あったみたいなんです。

それが大正~昭和初期にかけての時期だと言われているんですね。

というのは、その頃の新聞で甘酒が“冬の風物詩”として扱われだすんです。

そこには、自家製甘酒で食中毒を起こす事故がちょくちょく起きていたということも関係しているようなんですね。

要するに…

①新聞が、夏の甘酒起因の食中毒事故を報じ、冬の風物詩として語る。

②それを読んだ人々が夏の甘酒を避け、冬の楽しみとするようになる。

③気が付けば甘酒が冬の飲み物として定着。

…という流れがあったのではないかと推測されるんです。

もちろん全てが、マスメディアの力という訳ではないはずですが、それでもやはり、それなりの強い働きかけであったと筆者は思います。

というのも、筆者自身が、大正の終わり生まれの祖父と昭和初期生まれの祖母から「傷んだ甘酒を飲んだら、大変なことになる」ということを度々言われていた覚えがあるんですね。

自分の好物の話だったのでよく記憶にあるのですが、特に祖母は「どこで聞いたかは覚えていないけれど、確かにどこかで聞いたんだ」と言っていました。

ひょっとしたら、祖父や祖母は、当時の新聞を読んでいたのであろう家族…例えば、筆者の曾祖父母から、その内容を聞いて育ったのではないか…そして、それが私達の親世代に伝わり、甘酒が冬の楽しみとして受け継がれたのではないか…と、思うに至るわけです。

現在、食品に対する衛生管理は、輸送時の管理も含めて昔とは比べ物にならないほどの飛躍的な発達を遂げましたね。そう…いつの間にか冬のみに追いやられていた甘酒が、夏にカムバックしてくるための環境は、既に整っていたのです。

スーパーのドリンクコーナーに並ぶ冷たい甘酒達。

また夏にも市場に出回る時代になったんだなぁ…と思うと、何だか不思議な感覚もしてきますよね。

…と、ここまで、甘酒の季節感を考えながら話を進めてきましたが、“甘酒”という言葉が夏の季語として俳句に残るものの、この季節感は地域や時代によってコロコロと変わっていたのではないか…という結論になりそうです。

最後となりますが、とうとう数日前に関東も梅雨入りをしましたね。

平年よりやや遅れての梅雨入りとなりましたが、これから季節は夏に向け気温も高くなっていくかと思います。

ホットの甘酒は匂いが苦手で…という方でも、冷めたい甘酒なら美味しく飲めたという話もありますし、冷めたい甘酒デビューがまだの方はこの機会に栄養豊富な甘酒を生活に取り入れてみてはいかがでしょうか?

…というわけで、今回は筆者が大好きな甘酒のお話でした。

それではこの辺で失礼致します。

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